蕎麦屋にはなぜカツ丼があるのか:街の食堂として生きてきた「そば屋の正体」

蕎麦屋にはなぜカツ丼があるのか:街の食堂として生きてきた「そば屋の正体」 聞くカニ?

そば屋のメニューに「カツ丼」があるのを見て、ちょっと不思議に思ったことはありませんか?

そば屋なのに、「トンカツ系の丼」が当たり前のように並んでいる。しかもそれが、なぜかしっくりくる ─。

この記事は、「蕎麦屋にはなぜカツ丼があるのか?」という素朴な疑問を持った人に向けて書きました。

読むことで、そば屋という存在がかつて「街の何でも食堂」だったという背景、厨房設備や仕入れの合理性、カツ丼という料理の立ち位置が見えてきます。

そしてカツ丼の居場所が「そば屋」であることが、むしろ自然なことに感じられるはずです。ちょっとした違和感が「スッと解ける気持ちよさ」を、味わってみてください。

 

そば屋のメニューにカツ丼がある理由

そば屋は「街のなんでも食堂」だった

そば屋は「街のなんでも食堂」だった

まだファミレスがない時代、そば屋は今でいう「そば専門店」とは違い、地域の人たちが日常的に利用する「街のなんでも食堂」的な存在でした。

一応「そばを看板」にはしていても、実際のメニューにはうどん、丼物、酒のつまみになる一品料理までなんでも揃っている。昼も夜も、大人も子供も使える店として重宝されていたわけです。

とくに関東では「そば・うどんの境界」がゆるく、そば屋はうどんを出すのが当たり前になっていました。

しかも出前にも対応していた店も多かったため、お爺ちゃんお婆ちゃんから子供たちまで、ファミリーの幅広いニーズに応えるべく、料理のバリエーションが重視されてきた背景があります。

そば屋にカツ丼があるのは、こういった「なんでも食堂」としての流れの中で、ごく自然にメニューに加わった結果といえます。

そば屋と「手打ち蕎麦屋」は全然違う

そば屋と「手打ち蕎麦屋」は全然違う

さて、「そば屋は蕎麦専門店」と思いがちですが、実際にはそうでもない。蕎麦を手打ちしている店が「手打ち」と掲げるのは、それが「当たり前ではない」からです。

街中でよく見かける昔ながらのそば屋は、製麺所から仕入れた麺を使い、そば以外のメニューも幅広く扱う「なんでも食堂」として営業を続けています。

一方の「手打ち蕎麦屋」は、蕎麦を味わうことを目的とした、まったく別の業態です。つまり同じ「そば屋」という名前でも、実は店の成り立ちや目指している方向はかなり違う。

格式高い中華料理店が「本格中華」と掲げるのは街中華との差別化で、コーヒーの味にこだわっている喫茶店が「純喫茶」と掲げるのも、同じような理由かも。

つまり、そば屋でカツ丼を見かけても、ちょっと不思議に思うくらいがちょうどいいのかもしれません。

 

そば屋目線で見た「カツ丼のメリット」

そば屋にとってカツ丼は都合がいい丼

そば屋にとってカツ丼は都合がいい丼

そば屋でカツ丼が定番メニューとして根づいたのは、「そば屋にとって都合がよかった」という現実的な事情があります。

まずは原価が高すぎず、単品でもしっかりしたメニューになるため、そば・うどんに並ぶ主力メニューになりやすかったこと。

さらに親子丼や天丼と並ぶ「ご飯もの3兄弟」として定番化しやすく、出前に適していたことも大きな理由です。盛り付けもシンプルで、丼ひとつで「へい!お待ち!」できるのがちょうどよかった。

食堂的な役割を持っていたそば屋にとって、カツ丼は使い勝手がよく、昼も夜も注文が入りやすいメニューでした。

客側から見ても、「そばでは物足りないけどガッツリいきたい時に選べるメシ感」があり、店と客の双方にとってメリットのある存在だったことが、ロングセラー化の理由だったといえます。

厨房設備と材料が「カツっとハマった」

厨房設備と材料が「カツっとハマった」

カツ丼がそば屋で定着した理由には、厨房設備や材料との「相性のよさ」も見逃せません。まず、そば屋はカツを玉子とじする際の味つけに、「返し」や「出汁」を活用できます。

卵、玉ねぎ、ご飯、丼鉢もすでに揃っていて、新たに必要なのはトンカツ部分だけ。そのトンカツも、肉屋から衣付きの状態で仕入れておけば、注文が入ってから油で揚げて卵でとじるだけで完結します。

つまりカツ丼は、「設備を追加しなくても作れる料理」だったわけです。しかも調理時間も短く、回転率を落とすことがない。出前に強く、汁ものと違ってこぼれにくいという利点まである。

そば屋の調理環境に、カツ丼はまさに「カツっと」ハマった存在だったと言えるでしょう。特別な工夫をせずとも自然に提供できるからこそ、定番として長く残ったと言えます。

 

カツ丼という料理の奪い合いと難しさ

カツ丼はどこで食べるのが正解なのか

カツ丼はどこで食べるのが正解なのか

ところで、カツ丼を街中華で見かけたり、そば屋でラーメンを見かけることに、違和感を持った人もいるでしょう。でもそれは、そば屋と街中華が元々同じルーツ ─「街のなんでも食堂」だからです。

出前にも対応してどんなメニューも出していたそば屋は、時代の流れと共にラーメンや炒飯といった中華メニューを取り入れ、そば屋から街中華へと形を変えていったケースが多くあります。

その過程で、元々人気のあったカツ丼は引き継がれ、一部の街中華ではカツ丼がメニューに載っていたりします。

だから今でもラーメンとそば、両方出してくれる「不思議なそば屋」があったり、元々そばの具材だったナルトが中華そばに乗っていたりと、「そば屋と街中華の境界線は曖昧」になっているんです。

つまり、カツ丼はどこで食べても美味い ─ ということです。

カツ丼で専門店を開くのが難しい現実

カツ丼で専門店を開くのが難しい現実

カツ丼は言わずと知れた人気メニューですが、意外にも「カツ丼専門店」が定着しづらいという、微妙な立ち位置にあります。

その理由のひとつは、すでにそば屋や街中華など、多くの店で提供されていて、専門店として入り込む余地が少ないこと。

またカツ丼はボリュームがあって味も濃いので、どうしても男性客がターゲットになりがちです。

性別を問わず幅広い層に受け入れられるカレーやオムライスとは違って、日常的に何度も食べたい料理とは言い難い。

なので女性やファミリー層の取り込みが難しく、ビジネス的には限界が出やすいわけです。カツ丼は男子の主食だけど、「カツ丼だけを目的に外食する男子」は、そう多くないかも。

だからこそ、そば屋や街中華といった「身近な食堂」が、あえて主役せずに提供し続けてきたのかもしれません。

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