中華・蟹福飯店|豆腐香炒飯:豆腐が「ぷるんっ」と香る昼下がりの貧乏炒飯

中華・蟹福飯店|豆腐香炒飯:豆腐が「ぷるんっ」と香る昼下がりの貧乏炒飯 中華・蟹福飯店

男は静かに立ち止まった。何か食べなきゃとは思っているが、とにかく腹が減っている。商店街を彷徨うような足取りで、ゆっくりと家の中を歩き、ここまで来た。

コンビニへ行く体力は既になく、出前を取る気分でも…ない。そんなとき、部屋の隅に立つ扉に目が止まった。見慣れているはずのその場所が、今日はなぜか違って見える。

「こんなところに、店があったのか…」男がそのドアを開けた瞬間、中から冷たい光と…、ほんのりとした匂いが立ちのぼる。

「いらっしゃい!」店の中から、飲みかけのペットボトルのような大将が声をかけてくる。「今日は、ここにするか…」と小さく呟いた。そこはが男の家で営業する台所街中華、蟹福飯店だった。

 

店を開けた瞬間に「今日のメシ」が決まった

店を開けた瞬間に「今日のメシ」が決まった

店の中は静かだった。ひんやりとした空気が、顔にまとわりつく。明かりはあるが、どこか物寂しい。男はゆっくりと視線を巡らせた。

正面の棚には、半分ほど残ったペットボトルの緑茶と、缶ビール。奥のほうに、賞味期限ギリギリのヨーグルトが、腹を出して眠っている。

壁に貼られたメニューに目をやると、小さなトレイに生卵がひとつ。長ネギが、白と緑をくたびれた姿で横たわっていた。炊いておいた白飯の冷たさが、静かに主張している。

「しけた店だな…」男は小さくつぶやいた。そんなとき、「本日のおすすめ」という張り紙を見つけた。「豆腐」と書かれている。

完全にハズレを引いた…、そんな思いが表情に出かかった時、大将が言った。「豆腐香炒飯(ドウフーシャンチャオファン)、食ってくか?」 男は一瞬黙り、そして小さく頷いた。「じゃあ…、それで」。

 

鍋の前では「あれこれ考えない」ことにした

鍋の前では「あれこれ考えない」ことにした
鍋の前では「あれこれ考えない」ことにした

男がそう言うと、大将は黙って豆腐を切り始めた。角が崩れないよう、包丁をまっすぐに落とす。湯気の立ち上る鍋に、その白いかたまりを丁寧に沈めた。火加減は中。

じきに豆腐の輪郭がはっきりしてくる。大将は別の鍋を火にかけると油をひき、間髪入れずに卵を落とした。厨房にジュワッと音が広がる。間を置かずに飯が入り、音を立てながら鍋を振っていく。

鍋の前では「あれこれ考えない」ことにした
鍋の前では「あれこれ考えない」ことにした
鍋の前では「あれこれ考えない」ことにした

調味料は塩胡椒と、隠れるように振られた味の素。そして香り付けの醤油だけ。刻んだネギが散る。なのに、匂いはもう食欲を一気に連れてくる。

チャーハンというのは、火と匂いだけで成立するメシなのかもしれない。

仕上げに温めておいた豆腐がふわりと乗せられ、豆腐が崩れない程度に優しく、かつ適度に味が馴染むように鍋を振る。

そして、静かに皿に盛り付けられた炒飯の姿に、男は目を奪われていた。

 

ひと口食べて「今日はこれでいい」と思った

ひと口食べて「今日はこれでいい」と思った
ひと口食べて「今日はこれでいい」と思った
ひと口食べて「今日はこれでいい」と思った

男は炒飯の端をすくう。パラリとしたご飯が口に広がり、塩胡椒の尖った味に舌が目を覚ます。ネギの青さも軽やかで、卵の甘さが全体をまとめている。悪くない。

次に豆腐。

崩れず残った絹ごしをひとかけ、口に含む。「ぷるんっ」とした弾力が、炒飯の熱ハフハフとした食感を急にやさしくする。味はない。ただ、だからこそ良い。

ひと口食べて「今日はこれでいい」と思った

パンチのある炒飯に、豆腐の余白。

温度のコントラスト、噛みごたえの緩急。どちらかが主役ではない。ただ同じ皿の上で、共に存在する。そのバランスが、いまの自分にちょうど良かった。

満足感はあるのに、胃は重くないという「食後に後悔しない炒飯」。こんなメシがこの世にあるとは…。

大将は何も言わない。ただ湯気の向こうで、新聞を読んでいる。他に客もいない。男はレンゲを置き、そっと深呼吸をした。

今日はこれで、十分だった。

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