「駅のホームに立ち食いラーメン屋があったら絶対寄っちゃうのに」─ そう感じたことがある方にこそ読んでほしい記事です。
立ち食いそば・うどん店は全国にあるのに、立ち食いラーメン店はなぜ見かけないのか。そんな素朴だけど誰も答えてくれなかった疑問を、文化とビジネスの両面から解き明かします。
この記事ではラーメンが「立ち食い」に向かなかった理由と、それでも生き残った3つの店舗を紹介。
読み終えるころには、ホームでラーメンをすする尊さと希少さが、きっと今より少しだけ深く味わえるはずです。
なぜラーメンは「立ち食い」が広まらないのか?
そば・うどんは昔から「早い・安い」が標準だった


私たちがよく食べる「そば」や「うどん」。代表的な日本食のイメージがありますが、意外にも江戸時代の屋台によって広まりました。
当時は「早くて安い!」が一番の魅力で、味よりも手軽さが重視されていたようです。
こういった感覚は時代が進んでも変わらず、特に鉄道が発展した明治以降には、駅のホームでも自然と「立ち食いそば・うどん」として人気を集めました。
さらに「そば・うどん」はお家ごはんとしてもお馴染みメニューだったこともあり、立ち食い店舗特有の「全然本格的じゃない感じ」も自然に受け入れられてしまう。
それどころか、「駅で食べる」という旅情スパイスによって「専門店とは別格の独自性」を確立してしまう不思議な食べ物。この「許容の広さ」こそ、ラーメンとの決定的な違いかもしれません。
ラーメンは「味で勝負する料理」として進化した

一方のラーメンは、戦後の屋台や街中華を中心に広まり、「そば・うどん」とは違う進化を遂げてきました。
シンプルな出汁で成り立つ「そば・うどん」に対し、ラーメンは鶏ガラなど動物系のスープに複数の具材を組み合わせてつくる、いわば「手のかかる料理」。
とくに脂を多く含むスープは煮込みや灰汁取りが欠かせず、狭いスペースで効率よく提供するには向いていません。
それなら最低限の仕込みで済ませれば?…という考えもありますが、すると「やっぱり立ち食いはこの程度か」と見られてしまうジレンマがある。
さらに最近は街中に味で勝負するラーメン専門店が一気に増え、ラーメンは「こだわる料理」として定着。ゆっくり座って食べるものというイメージが強まり、立ち食いとは正反対のポジションになっていきました。
立ち食いラーメン店に潜む「ビジネス的な」問題点
コスパの悪いラーメン店:立ち食い店は回転率が命

立ち食い店の多くは、少ないスタッフと限られたスペースでなんとか採算を保っています。こういったビジネスでは「回転率の高さ」が何より大事。
実はほんの僅かに回転率が落ちただけでも、売上にはビックリするほど大きな影響が出てしまいます。
たとえば1人あたりの食事時間が10分のお店。もしこれが12分になると、売上はなんと約16%も落ちてしまう計算です。これは「早くて安い」かつ「薄利で多売」を目指す立ち食い店には痛すぎる数字。
しかもラーメンは茹で時間が長く、スープまでじっくり味わう人も多いため、どうしても回転率は下がりがち。調理オペレーションも複雑なので、人件費まで重なれば収支は一気に厳しくなります。
そんな理由から、ラーメンは立ち食い店に向かなかったりするわけです。
手抜きに見える心理的ハードル:麺が抱える落とし穴

それでも立ち食いラーメン店をオープンしたかったら、既製スープや冷凍麺を使うのが一番手っ取り早い方法かもしれません。でも、いまの世の中には「美味しいラーメン」があまりにも溢れすぎています。
「そば・うどん」は立ち食いや家庭の味として親しまれてきたのに、ラーメンは誰もが「推しの一杯」を持ち、まるでラーメン専門家のような目線で評価してくる。
そんな厳しい客たちに既製スープと冷凍麺を出しても、拍手で迎えてくれるわけがありません。しかも立ち食いという条件では、価格を街中店舗よりも安く抑えざるを得ない。
企業努力でなんとか成り立たせても、味の印象で「残念ラーメン扱い」されてしまえば意味がない。つまり、立ち食いラーメンは最初から勝ち目がない、「無理ゲーラーメン」というわけです。
ライバルひしめく改札外:街の専門店には敵わない

さて、駅の改札外にラーメン店が軒を連ねてることも、立ち食いラーメン店が上手くいかない理由のひとつでしょう。
特に立ち食い店の主な利用者である男性一人客は、「ラーメンなら外で」と改札を出ることが多いはず。一方「そば・うどん」の場合、同じような条件でも駅構内でサッと済ませるケースが多くなりがち。
これ、実は「駅そば・うどん」と「街のそば屋・うどん屋」が競合していないから起きる現象で、「駅そば・うどん」が「立ち食い文化」として定着してきた理由でもあります。
でもラーメンはそうはいかない。常に街のラーメン店と比較されやすく、立ち食いスタイルゆえに「分の悪い勝負」に立たされる。
価格、満足度、スピードのバランスが釣り合わない限り、立ち食いラーメンが選ばれる未来は見えにくいわけです。
それでも生き残った「奇跡の立ち食い3駅」
春日部:東武鉄道が生んだ立ち食いの公式モデル

春日部駅ホームにある「東武ラーメン」は、いわゆる「駅ラーメン」としては「かなり異色の存在」。
メニュー構成はちょっと風変わりで、どちらかといえば駅そばの「そば」を、そのまま「ラーメン」に置き換えたようなメニューが印象的です。
たとえば「コロッケラーメン」や「天ぷらラーメン」は、最初は戸惑うけど食べるとクセになる!とった声も多く聞かれます。
もちろん「チャーシュー」「野菜」「ワンタン」「ネギ」といった王道トッピングもラインナップ。「大もり」「特もり」といった増量課金メニューも揃っているのは腹ペコ勢にも嬉しいところ。
スープのベースは醤油と塩で、つけ麺や冷しざるラーメンなどもあるという、「ラーメンファミレス」の如きメニュー揃え。東武グループの本気が伺える立ち食いラーメン店です。
博多:屋台文化が駅のホームにまで息づいた豚骨街



博多駅のホーム上にある「まるうまラーメン」は、博多駅1・2番線ホームと、5番・6番ホームに計2軒あります。電車を降りてこの店が目に入った瞬間、間違いなく腹が減ります。
もしくは、腹が減らない自分を心の底から後悔しつつ、翌日の来訪を胸に誓うことになります。一番シンプルな「白旨ラーメン」は650円。「替え玉」は100円です。
細く低加水のストレート麺に、濃すぎない豚骨スープがよく絡み、駅の喧騒とともに香る湯気がたまりません。紅しょうが・高菜・にんにくが卓上に並び、味変も完璧。
麺の硬さも選べて、バリカタ派も満足の仕様です。博多駅に着いてまず一杯。旅を終えて博多を離れる前にさらに一杯。
始めも終わりもキッチリ締めてくれる。 ─ そんな「立ち食いラーメン」の理想形です。
西新井:待ち方にも流儀がある足立の立ち食いラーメン


東武スカイツリーライン西新井駅のホームにある「西新井らーめん」は、SNSでも話題の立ち食いラーメン店。味の染みた看板に「らーめん」の赤い文字。
西新井駅に来ると、特に用もないのにこの看板を見に来てしまう。東武線で西新井駅を通過するときは、なぜか無意識にこの看板を目で追ってしまう。ファンにとって、ここはそんな存在です。
実際、人気店すぎていつもカウンターは満杯。すすってる客の後ろには常に数名の待ち客がいる感じです。
ホーム上に行列を作るわけにもいかないため、待ち客は「阿吽の呼吸」で順番が入れ替わらない程度に、食べ終わるのが早そうな人の後ろに立って待ちます。
でもその間も次々と列車が着いてホームは人で溢れ、新たな待ち客が現れる。そんなちょっと難易度高めなお店です。
まとめ:工場と参拝客が支えた西新井の昭和ラーメン
さて、この記事では「立ち食いラーメンが少ない理由」について整理してきましたが、今回ご紹介した「奇跡の3店舗」はなぜ残っているのか。
まず春日部のお店は東武グループが自社のビジネスとして展開しているから。
次に博多のお店は「博多=とんこつラーメン」という絶対王者的名物と博多駅という地の利によって実現できたのでしょう。あと、こちらもJR九州フードサービスが運営元のようです。
最後に西新井ラーメン、ここは1968年創業とのことで、すでに50年以上の歴史があります。
当時の西新井は駅前に日清紡績の大工場があり(現在は西新井アリオなどに再開発されています)、ここへ通勤する工員も多かったでしょう。
その反面、駅周辺は西新井大師の門前町だからか、足立区民の肌感覚としてもラーメン屋さんは今でも少なめな気がします。
こういう「ちょっとしたきっかけや背景」が積み重なって、貴重な「立ち食いラーメン」が残っているのかもしれないし、もしかしたら今後も生まれるかもしれません。

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