私の名前は熊田久真子。
小さな会社で働いている。
鮭とパスタと、
ちょっとお酒が大好きな、
普通の女子だ。
……のはずなんだけど。
最近、私はちょっと南米に
振り回されている。
「クマ子、この企画なんだけど」
「形にしたいんだよな」
そう言ったのは上司だ。
今回のテーマは、
南米の変わったコーヒー豆を
専門に扱った新規出店の企画。
まだ日本には
ほとんど入ってきていない品種で、
香りが独特。
うまくいけば“珍しさ”で勝負できる。
だが問題は ― 仕入れだ。
私たちはすでに国内の商社、
数社から提案を受けている。
どの会社もさすがに手堅い。
物流も品質管理も完璧で
説明も分かりやすい。
でも…。
高いんですよねえ…。
私は隣席の葵さんに、
小声でこぼした。
面白い企画なのは分かるんです。
でも物価高がそのまま乗っかって。
まあ、今はどこもそうでしょうね。
うーん、と唸りながら見積書を眺める。
夢はある。
けど…、現実はシビアだ。
そのとき。
✉️ ピコン。
私のPCに、新着メールが届いた。
差出人は、見慣れない海外ドメイン。
「件名:南米の総合商社より革新的なご提案」
アルカンビア共和国
ラティーナ・グローバル総合商社?
私は思わず、メールを開いてしまった。
内容はこうだ。
・幻のコーヒー豆”ルミナ・カプシム”
・提携農園との直接契約
・中間コストの削減
・御社向け独占供給が可能
・価格は一般の35%程度
35%!?
えっ、安っ……!
資料はやたら魅力的。
見たことのない品種、
ストーリー性のある農園紹介、
サステナブルだのなんだの、
全部が全部”それっぽい”!
しかもだ!
今度ぜひ、上司の方もご一緒に
アルカンビア共和国へお越しください。
我が社が全てご用意させて頂きます。
大西洋に沈む夕陽を眺めながら
二人だけの時間を
過ごしてみませんか?
…!?
上司と二人で南米旅行!?
ど…、どうしよう!
私まだプロポーズもされてないのに
ハネムーンってことだよね?これ!
(なお、付き合ってもいない)
私は、完全に心が動いた。
メールの最後にはこう書いてある。
お二人の未来予定図は”こちら“。
葵さん!
南米の総合商社からすごい提案来ました!
「……はい?」
葵さんはキーボードを打つ手を止めた。
今まで見た中で一番面白いです!
価格も35%だって!
私は勢いよくマウスを握った。
しかも葵さん!
私、じょ…、上司と…、け、け…
「結婚しないからっ!笑」
「さっきからブツブツ言ってたの」
「全部聞こえてたし!」
葵さん!
まさか…私と上司のコト…?
「なんでそうなるのよ笑」
「まあ……、うん…。何でもない」
え?
「え?」
せっ!
せめてコーヒー豆だけでもっ!
「クマ子ちゃん!」
「クリックしちゃダメええっ!」
葵さんの手が、私のマウスを捕まえた。
葵さん!
恋敵だからって、そこまでしますかっ!
「そうじゃなくて!」
「怪しいメールだったらどうするの!」
「っていうか、絶対怪しいでしょ!」
……あ。確かに…。
そのとき、
後ろから聞き覚えのある声がした。
「おいショートカット」
出た。外部コンサル。
通称ウザマックス…。
「おいおい…、あんなレベルの話に」
「トリガー引きかけたって?」
「セキュリティインシデント寸前だぞ。」
「リスクマネジメントはどうなってんだ?」
いや、だって、総合商社だって…
「ないない。前提からズレてる」
「総合商社なんてのはな」
「日本固有のレガシー構造でな」
「海外マーケットには存在しねぇよ」
「まずそこからアップデートしろ」
ドヤ顔だった。
急に始まるコンサル講義。
横文字と専門用語が高速で飛び交う。
私は半分イラッとしながら聞いていた。
このウザ男が言うには
“海外に総合商社なんて存在しない”
“その時点で怪しいと気付け”
ということらしい…。
でも、ふと疑問が残る。
……じゃあ、なんで日本には
あるんですか?
ウザ男は、
一瞬だけ言葉に詰まった。
だってコンサルになる前は、
商社マンだったんですよねえ?
「うるさいっ!」
「俺は日本の商社だ」
数秒の沈黙。
「― おっと…、来客だ」
出た…
いつものやつ。
秘技、ウザコンサルの
来客が来たフリ”脱出法”
奴は慌てて立ち上がり、
名刺入れを手に取った瞬間 ―
パラパラパラッ///
床に散らばる、使用済みのクオカード。
しかも大量に。
ちょっと!!またですか!?
スカンクみたいに使用済みクオカード使うの
やめてくださいっ!

私と葵さんの
ツッコミを背中に受けながら、
ウザコンサルは去っていった。
「はっはっはっは!」
「後処理フェーズとクロージング」
「そっちで最適化しておいてくれ」
「クマ子ちゃん、早く片付けないと…」
あいつ、生き強いですね…
結局この日も、
葵さんと私で、クオカードを片付けた。
静かになったオフィスで、
私は画面を見つめている。
危うくクリックするところだったリンク。
そして、頭に残ったあの疑問。
海外には、
本当に“商社”がないのだろうか?
私は、とりあえず深呼吸して
メールを削除した。





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