「てやんでぇ」や「べらぼうめ」といった下町の言葉を聞いたことはあっても、意味までは知らない ─ そんな人に向けて書きました。
江戸っ子たちはどうしてそんな言い方をするのか?なぜその言葉が今も残っているのか?この記事では代表的な江戸言葉の意味と使い方、さらにその背景にある気質や暮らしぶりも紹介しています。
言葉を一覧で知るだけでなく、江戸という街の空気まで感じられるはずです。
なお、本記事内の写真は言葉の意味や語源と直接の関係はありませんが、雰囲気を伝えるために江戸らしい風景や祭りの様子を使用しています。
江戸ことばをジャンル別にわかりやすく紹介
怒ってるのになぜか笑える!江戸の喧嘩言葉3選
怒りをぶつけてるはずなのに、なぜかどこか笑えてしまう。
江戸の喧嘩言葉には、言葉尻にユーモアや愛嬌が滲んでいます。ここでは思わず真似したくなるような、粋でちょっとおかしな江戸の「怒りワード」を3つご紹介します。
てやんでぇ

「てやんでぇ」は「何を言ってやがるんだ」の崩れた形。早口でまくし立てる江戸っ子の口癖が詰まった言葉です。怒りを爆発させる勢いがありながら、独特の語感でどこか憎めないのが特徴です。
べらぼうめ
「べらぼうめ」は「ばか野郎」や「とんでもないやつ」の意味で、相手を強く否定する言葉。語源は諸説ありますが、「べらぼうに=非常に」の口語から来たとも言われています。調子に乗るなよ、という気持ちを笑いに包む一言です。

しやがれ

「しやがれ」は「~してみろよ」の挑発表現。「やるならやってみな」という意味ですが、命令形の「しやがる」+強調の語尾で、ケンカ腰ながらテンポ感があります。勢いと威勢の良さが江戸らしい言い回しです。
今もふつうに使われてる!江戸の言い回し3選
実は何気なく口にしているあの言葉、もとは江戸っ子たちの口癖かもしれません。
ここでは現代でも違和感なく使われている、江戸由来の言い回しを3つご紹介します。どれも言われてみると「確かに聞く!」と思える言葉ばかりです。
こちとら
「こちとら」は「こちらとて」の口語形で、「俺だってよ!」という自己主張を表す江戸語です。言い返しや反論の前置きとして使われ「こちとら~なんだよ!」の形が定番。言い方次第では、やや喧嘩腰にも聞こえます。

しょうがねぇ

「しょうがねぇ」は「仕方がない」のくだけた言い方で、現代でも広く使われています。江戸弁では口を大きく開けず、流れるように発音するのが特徴。「もう、しょうがねぇなぁ」は、実は粋な諦めの表現なんです。
おめえさん
「おめえさん」は「あんた」や「あなた」を指す呼びかけで、親しみややや上から目線を感じさせる言葉です。江戸時代の庶民の間で広まり、特に時代劇などでも定番のセリフ。親しみと敬意が絶妙に混ざった表現です。

意味を聞くと笑える!知られざる江戸ことば3選
どこかで聞いたような、でも意味までは知らなかった言葉。
江戸ことばには、独特すぎて思わず笑ってしまう表現がたくさんあります。ここでは語感だけでニヤッとしてしまうような、ちょっとふざけた江戸の言葉を3つご紹介します。
すっとこどっこい

「すっとこどっこい」は、間抜け・ぼんやり者への軽いツッコミ言葉。語源は諸説ありますが、響きの面白さで定着したとされます。江戸では怒鳴るのではなく、笑わせながら相手をいじるセンスが求められた証拠です。
おたんこなす
「おたんこなす」は、役立たず・アホの意。茄子は煮ても焼いても手がかからず「なすがまま」だから…という説も。ユーモラスに相手をバカにする、江戸らしい「ふざけ罵倒」の代表格です。子どもにも使いやすい表現。

しゃらくせぇ

「しゃらくせぇ」は「生意気でムカつく」といった意味の江戸語。「洒落臭い(しゃれくさい)」が語源とも言われ、気取った態度を鼻で笑うニュアンスがあります。言い放つとスカッとする、感情乗せ系ワードです。
江戸っ子の言葉を生んだ気質と生活背景を探る
なぜ江戸っ子は宵越しの銭を持たなかったのか
「宵越しの銭は持たねぇ」。江戸っ子の代名詞のようなこのフレーズ、実は見栄でもカッコつけでもなく、当時の暮らしぶりが深く関係しています。江戸の町人たちは日雇いが多く、収入は日払いが基本。
そのため「貯めるより、使って気持ちよく生きる」ほうが合理的だったわけです。また江戸は火事の多い町でもありました。
「明日すら無事か分からない」環境では、溜め込むよりパッと使う精神が根付きやすかったとも言えます。だから寿司や蕎麦など気軽に一杯ひっかけてサッと食べる屋台文化が栄えたのも納得です。
宵越しの銭を持たないのは無鉄砲なのではなく、「今をきちんと楽しむ」ための選択だったのかもしれません。そう考えると、ちょっと江戸っ子がかっこよく見えてきませんか?
せっかちで短気な性格はどこからきたのか

江戸っ子といえば「せっかちで短気」。言いたいことはすぐ言うし、テンポも早い。でもなぜそんな性格になったのでしょうか?それには江戸という都市の構造が大きく関係しています。
まず江戸は人がギュウギュウに詰まった町でした。長屋での共同生活、人通りの多い狭い路地、常に人との距離が近い。こういう環境だと「察して」「手短に」が自然と求められるようになります。
そしてもうひとつ、火事が多かったこともポイントです。燃え広がる前に素早く動く必要があったため、「決断の早さ」「動きの早さ」が美徳として定着したわけです。
つまり「せっかちで短気」はただの性格ではなく、生き延びるためのスキル。江戸っ子の気質は、その土地で生まれた知恵でもあったというわけです。
言葉を短く切り詰めるようになった理由とは

江戸ことばには、短くて勢いのある言い回しが多い。「べらぼうめ!」「しやがれ!」「こちとら!」など、一発で感情をぶつけるような言葉が目立ちます。
これもまた、江戸の生活テンポが生んだ特徴のひとつです。前のめりに話す、間合いを詰める、余計な説明はしない。
言葉が短くなる背景には江戸っ子の「気の短さ」だけでなく、「言わなくても伝わる空気の読み合い」がありました。喧嘩のときも仲直りのときも、言葉はあくまで「気持ちの補足」。
つまりスパッと言い切る潔さが重視されました。また屋台での立ち話や混み合った商売現場など、長く喋る余裕がない場所が多かったのも要因のひとつ。
「江戸の言葉は短くて強い」─ それは暮らしのスピードにぴったり寄り添った「実用語」でもあったわけです。
令和にも残る江戸の「におい」を感じてみよう
「エテ公」「タコ」って実は愛ある江戸の悪口
「エテ公」や「タコ」って、強烈な言葉ですよね。実はこれ、江戸っ子流の「笑える罵倒」です。「エテ公」は猿を意味する「エテ(得手)」に、公(こう)をつけたもので、いわば「調子に乗ったお猿さん」。
「タコ」はノロマで間抜けな奴をからかう定番。どちらも本気で怒ってるというより、相手をイジるユーモア混じりの悪口です。江戸っ子は、怒りながらも「言い方」に気を遣う。
ストレートに罵るより、ひとひねりした表現で軽く笑わせる。そこにちょっとした愛嬌があるんです。しかもその場を和ませたり、喧嘩の火種をスッと消す効果もあったとか。
言葉を使って場の空気をコントロールするのもまた、江戸っ子の「間合いの美学」。言いすぎず、でも引かず。そんな絶妙なラインに、江戸のセンスが光っているんです。
サザンの歌詞にも残る「江戸ことば感」を探す

サザンオールスターズの「いなせなロコモーション」。この「いなせ」って、実は江戸っ子の褒め言葉。「粋」ともちょっと違って、ちょいワルで格好いい感じの若衆を指す言葉です。
現代のポップソングに江戸言葉が自然に溶け込んでるって、ちょっと面白くないですか?サザンだけじゃなく、昭和歌謡や演歌にも江戸っぽい言い回しはたくさん見られます。
「野暮」「しょっぱい」「こちとら」など、意識せず耳にしてる言葉が、実は全部「あの頃」からの言葉だったりする。言い方や言葉のリズムに「江戸のにおい」がほんのり残っているんです。
たとえ意味が完全に伝わらなくても、聞いた瞬間の語感にどこか懐かしさや親しみを覚える。そんな「言葉の残り香」が、今も私たちの耳に届いてるのかもしれません。
今でも通じる!粋なふるまいと江戸の美学

そもそも「粋」って、なんでしょうか?もともと江戸の下町では、単に「かっこいい」だけではありませんでした。「粋」とは目立ちすぎず、でも確実に周りの気分を上げる絶妙なセンスのこと。
例えばさりげなく相手のグラスを満たすとか、お店を出るときに余計な言葉をかけずスッと帰る。そんな細やかな心配りや潔さを、江戸っ子たちは「粋だねぇ」と褒めました。
そして令和の今でも「粋」は生きています。飲み会でサッと会計を済ませる先輩、SNSで他人を立てつつも嫌味のないコメントを入れる友人。
こういう行動を、私たちは無意識に「粋だな」と感じていますよね。
言葉に出さなくても、日常のちょっとした場面に江戸の美学が残っている。そう思うと、自分の周りの「粋な人」を見つけてみたくなりませんか?
まとめ

江戸の言葉って見た目は乱暴だけど、聞いてるとちょっとクセになる。怒ってるのに笑えたり、バカにしてるようでどこか優しかったり。
言い方に勢いがあるのもテンポが早いのも、せっかちで短気な江戸っ子の性格が出てるのかもしれません。
今ではあまり聞かれなくなった言葉も多いけど「あれ?これって江戸ことばだったの?」みたいなものが、実は日常のそこかしこに残ってたりします。
言葉としては古くても、考え方や距離感の取り方には、案外いまのほうが近いのかも。
江戸ことばは遠い昔の響きというより、ちょっと背中に残ってる「口ぐせ」みたいなもの。そう思うと、なんだか身近でおかしくて、ちょっとだけかっこいい存在です。
編集後記
今回は下町言葉、なかでも江戸言葉にフォーカスして記事を書いてみました。私は横浜出身ですが、今は東京の足立区 ─ いわゆる「下町オブ下町」に住んでいます。実際に暮らしてみると、東京って意外と「地方」っぽさがあるなと感じる場面が少なくありません。
特に都心の東側、荒川より東に広がるエリアには、いわゆる「都会の東京」とは違った空気が流れていて、生活の中に江戸の名残が残っているように思います。
最近では大河ドラマでも「べらぼうめ!」といった言葉を耳にすることがありますよね。でも意味まではよく知らない…という人も多いんじゃないでしょうか。
私自身、足立区で暮らすなかで気づいたことがいくつかありました。たとえば「捨てる」が「ふてる」になる、「布団を敷く」が「布団をひく」になる。江戸っ子は特定の「サ行動詞」がうまく発音できない傾向があるようなんです。
私の奥さんのご両親は生粋の足立区育ちなのですが、普段からこうした言い回しを自然に使っています。それを聞くたびに「ああ、これがリアルな江戸の言葉の残り香なんだな」と思わされます。
東京といえば「標準語の発信地」と思われがちですが、実際には「東京なまり」や土地の言葉が今でも息づいている。それが感じられるのが、まさにこの下町エリアなんじゃないかと思っています。
江戸言葉に限らず、地方としての東京 ─ その文化や言葉に目を向けてみると、見えてくるものは多い気がします。
コメント