私の名前は熊田久真子。
小さな会社で働いている。
鮭とパスタと、
ちょっとお酒が大好きな、
普通の女子だ。
外国人クライアントが
来日するらしい。
朝の社内は
ちょっとバタバタしていた。
営業の西野が資料を抱えたまま、
会議スペースに顔を出した。
そこには私と、
よりによってあの”ウザコンサル”がいた。
「ねえ熊田さん、神沼さん」
「夜の”おもてなしディナー”」
「どうしようって話なんだけど…」
「日本らしい料理がいいよね」
その瞬間、
私は条件反射で口が動いていた。
日本らしい料理?
そんなの、
ラーメン半チャーハンに
決まってるじゃないですか。
ウザ男の眉が一ミリも動かないまま、
こちらを向く。
「あのなショートカット」
「街中華は俺も認める」
「認めるが ─ 接待で使う場所じゃねえ」
は? なんで?
あの最強セットを前にして
“日本らしさが足りない”とか
言えるんですか?
「まず論点を整理しろ」
「接待は“意思決定の場”なんだよ」
「油が飛ぶカウンター席で」
「スープの音が支配する環境じゃ」
「交渉密度が落ちんだよ」
交渉密度より豚の密度の方が
重要じゃないですかっ!
意思決定なんて、
大盛りにするかしないかくらいでしょ!
「アホかお前!」
「外国人に街中華で雲呑麺食わせて」
「クラウド戦略を検討しましたとか」
「言う気じゃねえだろうな!」
ちょっと何言ってるか
マジで分かんないですっ!
焼き鳥なんて私
何本食べてもお腹いっぱいにならないし!
「お前の胃袋で意見するなっ!」
「焼き鳥は“文化×エンタメ×会話空間”の」
「最適化されたソリューションなんだよ!」
焼き鳥を”ソリューション”って呼ぶ人
初めて見ましたけどねー。
「串に意思が宿ってんだよ。」
あ、私…
焼き鳥で”イリュージョン”ならできますよ?
秘技!ねぎま串一口食い!
どうです?
外国人クライアントに
披露しましょっか?♡
「日本の恥だ、やめろ…」
気づけば、会議スペースの空気が
異常に熱くなっていた。
西野は完全に困って、
テーブルを指でトントンしながら
状況を見守っている。
「おい、ショートカット」
「お前はさっきから“好き”だけで」
「判断してんだよ」
「接待とはな」
「“再現性のある成功パターン”で」
「構築すべきで ─」
はぁ?
ラーメン半チャーハンほど
再現性の高い成功パターンあります?
「そんなもん、均質化の罠だ」
「価値の陳腐化に気づけ」
陳腐化してないし!
ラーメン半チャーハン舐めんな!
「舐めねえよ!」
「レンゲで食うわ!!」
へえー
ラーメンもレンゲで食べるんだー?
「ラーメンは箸で食うわっ!」
喧嘩の温度だけが異常に高く、
議論の質は異常に低い。
そして、意味不明で収拾不能。
西野はそっとスマホを見た。
その瞬間、表情が変わる。
「あ、先方から返信きた♡」
私とウザコンサルの口論が
ぴたりと止まる。
「えっと…日本で“美味しいお寿司”を」
「食べたいそうです」
空気が一瞬でフラットに戻った。
西野はニコニコしながら言う。
「じゃあ、お寿司で決まりね」
「私、予約入れておきまーす!」
スタスタと去っていく西野。
残された私とウザ男は、同時に叫んだ。
最初から確認しろ!!!💢
怒鳴った後、
妙な静けさが降りる。
焼き鳥も街中華も、
もうどうでもよくなってきて、
私はぽつりとつぶやく。
でも…、海外でも寿司って
そんなに人気なんですかね?
ウザ男は腕を組んで、
少しだけ真面目な声になる。
「らしいな。
「最近どこの国も寿司寿司言ってる」
「理由までは知らねえけどよ」
私は手元のコーヒーを見ながら考えた。
外国人観光客が食べるなら分かる。
でも海外で…
なんで寿司がそんなに人気なんだろう。
その疑問だけが、
ずっと胸の奥で転がり続けていた。





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